『田舎の力が未来をつくる!』特別寄稿【第9弾】

金丸 弘美(食総合プロデューサー・食環境ジャーナリスト)

 この記事は、「月刊社会民主」2021年8月号に掲載されたものです。編集部の許可を得て編集、転載するものです。


若者の起業支援をする高知県と和歌山県田辺市

 これまで各地で食のテキスト化とワークショップを勧めてきた。食をブランド化したい食育を進めたいと話があったときに、食材の背景や環境を調査し食べ方までを提案していくものだ。

 講義を担当する明治大学農学部食料環境政策学科「食文化と農業ビジネス」(受講者151名)、フェリス女学院大学国際交流学部「地域と食文化」(同171名)で前期での最後の方で、「注目の人材育成事業」をテーマに、国が2014年に策定した「まち・ひと・しごと創生法」と、それを具体化するための全国の自治体が政策に掲げている「まち・ひと・しごと総合戦略」を取り上げた[リンク]

 そして具体的な好事例として事業・起業支援などの人材育成事業を行う和歌山県田辺市の「たなべ未来創造塾」[リンク]と、高知県「土佐MBA(まるごとビジネスアカデミー)」[リンク]を大きく紹介した。

 「まち・ひと・しごと創生法」は、東京の1極集中を是正して、若い人の地方での定住・移住を促すとともに、起業や創業や新たな事業を振興し、子育てのしやすい環境をつくること、高齢者にも生きがいのある町づくりなどが謳われている。

 「まち・ひと・しごと総合戦略」は、どの自治体のホームページに掲載されている。国の政策にそって、それぞれの自治体が、事業の創出や、若者の定住・移住支援、子育て支援などを推進することがあげてある。そして、移住や起業には支援金、家の改修の補助、子育ての支援金など、を行うことが多くの自体対が打ち出している。

 和歌山県田辺市の「たなべ未来創造塾」と、高知県「土佐MBA(まるごとビジネスアカデミー)」を実際の事例として紹介したのは、その成果が形になっているからだ。

 若い人の仕事づくりにしっかりつながっているし起業も移住定住も増えている。

 和歌山県田辺市は、富山大学と連携して、20歳から40歳までにしぼり、公募・推薦のあった新たな事業の取り組む人を面接して12名に絞り、それぞれのビジネスプランを具体化してゆくもの。それに金融投資も実施される。現在5期生で、35の起業が生まれ、達成率は70%。受講料14回で1万円だ。2020年移住は70名もあった。2020年からは20代から50代の子育て世代の女性対象の月3万円の稼ぐ「プチ講座」も開始した。受講料は3000円だ。


和歌山県田辺市「たなべ未来相続塾」のセミナー

 高知県の「土佐MBA」は、2012年にスタート。5大学連携で金融機関とも連携する協定を結んでいる。必要に応じて講座を増やし充実させてきた。一般の人からビジネスマン、事業者まで、学ぶ意思があればだれでも参加できる。大学以上の充実ぶりではないかと思えるほど。ここまで学びの場がある県は、ほかにないのではないのだろうかと思うほどだ。

 これまで受講生は2万8000名。入門講座(無料)、基礎講座(5300円)、応用講座(1講座800円から3000年)まである。しかも講座が400もあり、自分のスキルに合わせて選択ができ、かつ、段階を追ってステップアップができるようになっている。


高知県「土佐MBA」の受講生たち

 移住者は年々増え、2012年121組225人が、2018年には、943組1325名にまでなっている。起業もこれまで43件。県外への売り上げも伸びている。

 
(引用元:高知県「第3期産業振興計画 実行3年半の取り組みの総括」) 

 この2つの事例は、行政・大学・金融機関・事業者連携で、起業・事業支援を行っているもので、大きな成果を生んでいる。ここから新規起業や新規事業の創出などが生まれ、移住・定住や雇用にも繋がっている。いずれも、人口が減り始め、公共事業の激減や、高齢化が始まり、このままでは、経済も低迷してしまうことから、若い人たちの事業を支援し、持続的な社会を形成していくことで始まったものだ。

 ふたつに共通していることは、①大学・金融機関・事業者が連携して、具体的な事業計画をフォローしている、②受講料が安い、③受講生がもともと持っている目標や考え、現在の活動をスキルアップして形にすることがとられている。

 

学生にまったく知られていない「まち・ひと・しごと総合戦略」

 国の政策は、地方の若者が都会へと流出が止まらないなか、地域への定住と職を得て、安心して暮らしていくことを目指している。大学の学生にも、国や自治体の支援策があり活用してほしいとの思いもあって、講義で取り上げた。

 ところが、「まち・ひと・しごと創生法」があり、自治体が「まち・ひと・しごと総合戦略」を掲げていることを知っていた学生は、ほぼ皆無。授業中に「自分の出身地の自治体を検索してみて」と話をして見てもらった。そして初めて見たと声が届いた。

 しかし、よく読むと戦略は書いてあるものの、その具体的なプランや、支援策の詳細が見当たらないと言ってきた学生もあった。自治体によって、政策をかなり詰めているところと、そうでないところとばらつきがある。

 一方で、東京・有楽町の交通会館8階に「ふるさと回帰支援センター」[リンク]に、45道府県の移住・定住の相談窓口があり、セミナーも行われていて、行けば、希望する自治体、もしくは、自分の出身地の若者の起業や移住支援策など、具体的に知ることができることも紹介した。しかし、このことも知ってたという学生はほぼ皆無だった。

 どうやら、どの自治体も東京の方ばかりアプローチをしていて、肝心の地元の若者には、周知がされていないとみた。

 国も、どの自治体も若者が都会に出て就職し、地元に戻らないことが多いと言っているのに、肝心の大学生に、支援策や定住ための活動がまったく届いていないとは、どういうことだろう。まさか、筆者の大学の受講生だけが特別ではあるまい。

 

東京・有楽町「ふるさと回帰支援センター」の移住相談

 「まち・ひと・しごと創生法」ができた2014年に遡ると、おそらく政策が打ち出されたのは今の大学生が中学生の頃だろう。つまり地元で、今後、大学や就職を目指す若者に、まったく説明や紹介が行き届いていないということになる。

 ちなみ、全国各地に行くときに、一般の方々に、「『まち・ひと・しごと総合戦略』が作られていて、ホームページで公開されていますよ」と話すと、筆者が尋ねた限りでは「知らない」という人ばかりだった。

 和歌山県田辺市と高知県の起業支援事業を取り上げたところ、反響は絶大だった。

 ちなみに和歌山県の移住支援をみると

●首都圏に居住し訪問地までの往路交通費支援(片道)  2万円
●新たな起業支援補助  300万円
●地域の仕事を引き継ぎ新しい視点での継続支援  100万円
●初期費用支援  100万円
●農林水産業支援  50万円
●空き家改修補助金  80万円


 など。 [リンク]


 田辺市でも支援策がある。

●東京都から移住   単身の場合  60万円
 2人以上の世帯の場合  100万円
 ●児童手当の額
(1人当たり月額)   
 3歳未満  1万5000円
 3歳以上小学校修了前
 第1子及び第2子
 1万円
 第3子以降  1万5000円
 中学生   1万円

 など。 [リンク]

 

和歌山県田辺市「たなべ未来創造塾」の修了式


 学生から「こんな支援があるなんて驚いた」、「就職を考え直したい」、「地方暮らしも結婚したら視野に入れたい」、また「高知県や和歌山県の人材育成事業を全国に広げて欲しい」という感想も多く寄せられた。

 どの自治体も、中学、高校のときから、仮に、一度、都会へ出ても、迎えられる体制があるのだということを若い人たちに丁寧に伝えるべきだろう。そして、人を育てることに、もっと力を入れるべきだ。




[関連リンク]

ふるさと回帰支援センター https://www.furusatokaiki.net/

「まち・ひと・しごと創生」(内閣府) https://www.chisou.go.jp/sousei/info/index.html

「たなべ未来創造塾」(和歌山県田辺市) https://futer-tanabe.site/student.html

「土佐MBA(まるごとビジネスアカデミー)(高知県) https://peraichi.com/landing_pages/view/w9qze/

和歌山県移住支援制度 https://www.wakayamagurashi.jp/howto/support

和歌山県田辺市 移住事例・相談・支援制度 https://tanabegurashi.jp/

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田辺市のたなべ未来創造塾は、以下の本、webページでも紹介しています。

田舎の力が未来をつくる! ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』金丸弘美 著

http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?no=204&a=1

スペシャルコラム「【金丸弘美 特別寄稿】もっと先の未来への歩み ◆ 不定期連載

◎第1弾 4期目のたなべ未来創造塾(和歌山県田辺市)

https://www.godo-shuppan.co.jp/news/n33535.html

◎第4弾 コロナ禍に起きている若者たちの関心・需要の変化
https://www.godo-shuppan.co.jp/news/n36166.html

 


プロフィール

金丸 弘美

総務省地域力創造アドバイザー/内閣官房地域活性化応援隊地域活性化伝道師/食環境ジャーナリストとして、自治体の定住、新規起業支援、就農支援、観光支援、プロモーション事業などを手掛ける。著書に『ゆらしぃ島のスローライフ』(学研)、『田舎力 ヒト・物・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書)、『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)、『田舎の力が 未来をつくる!:ヒト・カネ・コトが持続するローカルからの変革』(合同出版)など多数。
 最新刊に『食にまつわる55の不都合な真実 』(ディスカヴァー携書)、『地域の食をブランドにする!食のテキストを作ろう〈岩波ブックレット〉』(岩波書店)がある。

金丸弘美ホームページ http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php

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■日本生産性本部、地域活性化センター制作
https://chihousousei-college.jp/e-learning/basic/industrialization/127.html



【過去の連載】https://www.godo-shuppan.co.jp/news/n34930.html

 

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